*1シーンのみです
おじさんは、珍しくタバコをふかしていた。
「趣味を持つことだな、何でもいいから」
「綺麗な女とか、旨い飯とか、そういうものばかり追いかけるのもいいし」
「小説読むとか、音楽に聞き入るとか、そんなんでもいいな」
「まあ、ホントに何でもいい。今の世の中、享楽なんて腐るほど種類がある」
「しかも、昔と違って誰かにその趣味の良し悪しを言われることも少ない」
「だから、好きに選べや」
俺は、冷たく結露した窓ガラスを指でなぞって、めちゃくちゃな模様を描いていた。座っている椅子は硬くて、部屋は寒かった。
嫌な気分だった。
おじさんの話を聞く気はなかった。ただ、自分から何かを話す気力も無いので、黙っておじさんの話を聞くしかなかったのだった。
窓の外を見ると、雪はもう止んだみたいだった。まあ、どうせ朝になったらまた降り始めるだろう。
一通り話し終えると、おじさんはいつもどおり煙になって、消えた。
遠くで聞こえた汽笛の音が、いつもより長く頭の中にこだました気がした。