*遠い過去に思いを馳せた、静かな夜。
夜になったので、適当な木をくべて火を焚いた。少し苔むした岩に腰掛けて暖をとることにする。
森の中は思っていたよりも暗かったけれど、夜空は雲ひとつなく晴れていて、星がたくさん見える。
煌々と火に照らされたカメラの三脚が大きな影を作って、巨大な化け物のようになった。
座ったままギターを手に取った。何か弾きたかったわけでもない、6弦まで全て開放弦で掻き鳴らしてみた。何でもないような音が鳴った、俺はきっと無表情に近い顔をしている。
パチパチと弾ける焚き火の炎を見つめた。
虫が鳴いている。鈴虫とか轡虫とか、多分そういう種類の虫だと思ったが、詳しくないのでわからない。
耳を澄まさずとも聞こえてくるが、煩わしさを感じるほどうるさくはなかった。
チリチリとか、リンリンとか、そういう音。
深呼吸をしてみた。夜の森の空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。晩秋の寒さは体にこそ染みるけれど、呼吸で肺を痛めるほどのものではなかった。
真冬にランニングをした時の、空気の冷たさで喉と肺が痛くなるようなあの感じはなかった。ただ、焚火の煙を少し吸ってしまったかもしれない。
シンプルな人生だ。何もない人生だ。
欲も思考も、意味もそこにはない。
好きなことも、嫌いなこともない。
この夜の森と星空と
優しく燃える火と
静かに鳴く虫たちと
空っぽの自分
ただそれらがあるだけだった
自分はきっと、こうしていつまでも一人だろう
そんなのは嫌だったはずだ
孤独を恐れていたはずだ
でももう、どうでも良いのだ
この夜は永遠に続く気がした
この夜が永遠に続いてほしいと願った
今の感情があれば、涙くらい出てくるのではないか
そう思ったが、目からは何も溢れなかった
もう少しだけ、火を見つめていようと思った