灰色思考

脳内整理、創作、感情の書き殴り、その他

温もりの機械

星新一氏のショート・ショート『気まぐれロボット』の作風をリスペクトして書いた、短いストーリーです。小学生だった頃、自分は繰り返しこの本を読んでいた記憶があります。


 地球から遠く離れた場所に浮かぶ惑星に、白色の小さな宇宙基地がポツンと建っている。ゴツゴツした岩石で覆われた、何ともつまらない灰色の星だ。ジェイ博士はここで日々、地質の調査をしたり、空の星々を観測したりして過ごしていた。
 宇宙基地には、研究施設のほか、長期的な生活に必要な設備が一通り揃っていた。例えば、食料を育てる温室や、水を浄化して再利用する装置などだ。しかし、基地には娯楽が足りていなかった。

 ジェイ博士は日々、熱心かつ真面目に研究を行っていた。だが、息抜きを楽しむことが出来ない点については不満だった。宇宙で一人、毎日同じような研究生活を過ごしているのは退屈だ。たまに地球との交信があるとは言え、少しばかり寂しさも感じる。
 そこで、ジェイ博士は一体のロボットを作ることにした。博士の会話相手になり、くだらない冗談を言って笑わせてくれるようなやつだ。博士はまず、宇宙貨物船に依頼して、地球からいくつかの物資を取り寄せた。何度もテストと開発を重ねた後、ついにそれは完成した。

「よし。完成したぞ、これで孤独に悩まされることもあるまい。さっそく、動かしてみよう」

 完成したロボットは、高さ160センチメートルほどの大きさだった。腕や足のない簡素な作りだったが、人間の女性に少し似た見た目をしていた。小さなローラー式のタイヤを備えており、基地内での移動をスムーズに行うことが出来た。
 電源を入れると、そのロボットは喋り始めた。

「ジェイ博士、こんにちは。調子はいかがですか?」
「やあ、こんにちは。今日は少し基地の中で運動をしたから、気分がいいよ」
「それは良かったです。私も今日は、体中の血の巡りがとても良く感じます」
「ははは、これは面白い冗談だ。我ながら、良いものを作ったぞ。この星での研究が終わるまでの間、楽しく過ごせそうだ」

 ジェイ博士は満足して、このロボットを傍に置き、星での研究生活を続けた。ロボットは博士と良い友好関係を築きながら、楽しい会話で息抜きの時間を彩った。ところが、しばらくすると博士は新たな不満を抱えるようになってしまった。娯楽がロボットとの会話しか無かったため、飽きてしまったのだ。

「うーむ。君には優れた会話能力があるが、出来ることが会話だけではつまらないな」
「チェスなどで遊べたら良いのだが、君はプレイすることが出来ないな」
「私にはチェスをプレイする能力はありますが、博士のおっしゃる通り、駒を摘み上げることは出来ませんね」
「よし、君を改良し、新たに腕をつけることにしよう。チェスだけでは無く、きっと他のことも出来るようになるはずだ」
「嬉しいです。ありがとうございます」

 こうしてジェイ博士はまた開発に時間を費やし、人間と同じような腕をロボットに取り付けた。博士とチェスをしたり、握手したりすることが出来るものだ。
 博士は大いに満足し、ロボットと共に研究生活を続け、またしばらくの時が過ぎた。すると、再び博士の中に新たな思いが生まれた。

「君と、基地内の運動スペースでサッカーがしたくなった。どうだろう、足を人間と同じようなものに改良してみないか?」
「良いですね。ありがとうございます」
「まあ、今の私の足は運動効率の良いローラー式ですから、走ることに関しては前よりも遅くなってしまいそうですが」
「ははは、それもそうだな。よし、ではさっそくとりかかるとしよう」

 ジェイ博士はロボットの足を設計し直し、二足歩行が出来るように改良した。今やロボットの体は、ほぼ人間と同じようなものになった。基地内の小さなコートでPK戦を楽しめるよう、博士はロボットにサッカーを教えた。ロボットは少しぎこちない動きをしていたが、博士と共に楽しい時間を過ごした。

 こうして、ジェイ博士は新たな改良を思いついては、次々とロボットに施していった。表情を人間のように変化させられるようにしたり、美味しい料理を作れるようにしたり、そのアップグレードは延々と続いた。

 そのうち、博士は本来の仕事である惑星の研究よりも、ロボットの開発と改良に熱中するようになった。ロボットが新たな機能を得るほど、博士の喜びも増えていたからだ。改良が進めば進むほど、ロボットはどんどんと人間に近づいていった。ロボットは学習するにつれて、より複雑な会話を行うことが出来るようになった。哲学や科学の高度な知識を交えた議論、あるいは冗談が、ジェイ博士を大いに楽しませた。

 時が経ち、もはやロボットは1人の人間の女性と変わらないような姿になった。ある晩、定期的な地球からの交信が届き、ジェイ博士は、もうすぐ研究を終えて、地球に帰還しなければならないことを知った。ロボットと一緒に、基地内のソファでくつろいでいた博士は、少し困ったような表情でロボットに話しかけた。

「もうすぐ、地球に帰らなければならないようだ。だが、この星の研究はまだ中途半端だと言える」
「そうですね。滞在期間を延長して、研究を続ける必要がありそうです」

 ロボットはにこやかに話す。

「私も、博士の度重なる改良のおかげで出来ることが増えましたから、お手伝いなら任せてください」
「研究の時間でも、息抜きの時間でも、博士のためになることなら、何でもしますよ」

 ジェイ博士は微笑み、ロボットに答えた。

「ありがとう。今思えば、この一人ぼっちの宇宙基地で楽しく過ごせてきたのは、他ならぬ君がいたからだったな」
「ロボットの私にそんな感傷的な思いを抱いているようでは、地球に戻って人間に再び会った時、きっと感動で気を失ってしまいますよ」
「ふふ。そうかもしれないな」

 ジェイ博士は少し沈黙した。
 その後、少しだけ頬を赤らめてからこう話した。

「さて、ロボットの君にこんなことを話すのも奇妙なものだが、これは本心からの思いなので伝えておきたい……」
「どうやら私は、君のことを愛しているようだ。これからも、この私と一緒に過ごしてくれないか?」

 ロボットは驚きの表情一つ見せず、柔らかに微笑み、博士に向かってこう返した。

「ええ、喜んで」
「いつまでも、ジェイ博士のお側にいますよ」

 その言葉を聞いて、博士は微笑みを返した。そしてソファに座ったまま、静かに彼女のことを抱きしめた。彼女もまた、博士を機械の両腕でそっと包んだ。かつては冷たい金属で造られたパーツに過ぎなかった彼女の両腕は、博士の熱心な改良のおかげで、今や人間の腕と変わらない柔らかさや温もりを湛えていた。

 地球にいた時から一人で生きてきたジェイ博士は、愛という感情を正確に理解できている自信がなかった。しかし、その機械の温もりは、人肌の温かさと同じように、孤独な博士の心を癒す確かなものだった。