灰色思考

創作、脳内整理、感情の書き殴り、その他

台風前日の雑感

*大学生の頃、このブログに初めて書いた文章です。なぜ書こうと思ったのか、なぜブログを始めようと思ったのか、原点は忘れてしまいました。

 


 

 近所のスーパーから帰った僕は、食料がどっさり入ったバッグを肩から下ろした。明日からは三連休だ。だが、台風が直撃する見込みなので世間はどことなく慌ただしい。

 去年の同じ時期に台風が直撃した時は、一週間以上に渡る停電が起きた。僕が住んでいた街は、都会とも田舎とも取れないようなところだった。住民たちは、不慣れな自然災害がもたらした生活不自由に、さぞ困ったことだろう。あの時は僕も、冷蔵庫が止まって溶けてしまった冷凍チャーハンを、真っ暗な部屋の中で貪るという惨めな経験をした。

「非常に大型で強い勢力を保った台風19号は、遅くとも今日の深夜から明日の日中にかけて東日本に上陸する見込みです。暴風やうねりを伴った高波、土砂災害などに十分な警戒を……」

 テレビをつけると、夕方のニュース番組がやっていた。台風はどうやら今夜あたりに街へやってくるらしい。個人的には、あの時の停電のような被害に遭うことを臆する気持ちよりも「台風が平日に来てくれれば、大学が休みになったかもしれないのに」という残念な気持ちの方が強かった。

 台風による休みっていうのは、普通の休みとは全然違う。外へ出ないで家に引きこもっていることを肯定される、特別な休日なのだ。「パソコンばかり触って引きこもっていないで、外へ遊びに行ってきたら?」などと諭されがちな一人暮らしの大学生にとって、これ以上精神的に自由な日はない。

 何気なく外を見たら、雲ひとつない青空が広がっていた。文字通り一切の雲が見当たらない。これが嵐の前の静けさというやつなのだろうか。一瞬そう思ったが、台風の到来を予感させるような鋭い風の音を聞き、近くにある雑木林の木々がひどく揺れている様子を見て、静寂という状態からはほど遠いことを察した。

 考えてみれば、「嵐の前の静けさ」なんて状況は今までの人生で体験したことがない。台風の前というものは、自然の様相だろうと、テレビやネットの様子だろうと、どこを見ても色々な意味で騒々しいのが普通だ。どちらかと言えば、台風が通り過ぎた後の方が「静けさ」という言葉にふさわしいと思う。空の雲が綺麗さっぱり無くなり、風もほぼ完全に凪いだあの台風一過の一日には、凛とした静けさがある。少なくとも、僕はこれまで嵐の"後"の静けさにしか出会ったことがなかった。

 偏屈なことを考えつつ、部屋の片付けと戸締りを終えた僕は、スマホを持ってベッドで横になった。これから24時間近くの間、僕は貴重な休日を家に引きこもって過ごすことを肯定されるのだ。YouTubeで自動車のレビュー動画を見て、ちまちまとスマホゲームで遊んで、後は本を読むか何かして過ごすことにしよう。

 このなんとも言えない解放感は、台風が来た時にしか味わえないはずだと思った。本来なら忌むべき自然災害の到来なのだろうが、僕の心は安堵と平穏に満たされていた。